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闘わない

A15-a013KO大学病院の婦人科病棟はがんの人が圧倒的
に多い。若い人は子宮頸がんが主だろうが、この頃は
40そこそこでの子宮体がんの人が見受けられる。

子宮体がんって、医学書には50を過ぎてからなるものと
書いてあり、かつて、ファンだったニュースキャスターの
久和ひとみが がんになり、後で、体がんだったと知って、とても驚いた記憶がある。

同室のヨシミちゃんも40代前半なのに、体ガンだった。
オクダさんは、悪性肉腫。「明るい未来が描けない」と言っていた。

病巣の程度及びいわゆる「ステージ」にもよるのかも知れ
ないがオクダさんの言葉の中に、ガンと闘う姿勢が見えて、
それはちょっと違うかも・・と v-shan は思った。

v-shan はガンとは闘わない。だましだまし共に歩む。歩んでいる。
確かに、術後1~2ヶ月は夜寝床の中で、マクロファージやT細胞、
キラー細胞が総動員して、血管の中の影に隠れているガン細胞を
ことごとくやっつけている図をイメージして、免疫力を高める訓練は
したが、基本的にガンとは、面と向かって闘わない。
この先もだましだましの共存で行く。血液の中にガンの素がいる
なら、ひっちゃ気になって闘っても疲れるだけだ。

すべてやっつけちゃおうと思うから、明るい未来が描けないのでは
ないだろうか? 
共存しようと腹をくくると割りと明るい未来も描けるんだけどな・・。

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大ピンセットと先曲がりハサミ

p-kl_01昨年の3月、子宮筋腫で開腹手術をした v-shan、
いよいよ抜糸(鉤)の日の朝がやって来た!! 
隣のベッドのオクダさんから、抜糸の際 どの患者も痛がって、先生を
思わず蹴ってしまった・・とか、通称ホチキスの針(鉤)が1個抜き忘れ
られていて ほれこれが証拠写真・・とカメラ携帯の画像を見せられた
りとかしていたので、痛いんだろうなぁ~と覚悟していた。

20年前の時もホチキスだったけれど、針の数が全く違う。
前回はうら若き未婚の乙女である事を考慮して、お腹を横に切っ
たが、今回は縦。おへその所から縦に いっぱいホチキスの針が
刺さっている。それを全て抜くのだ。(~_~;)

モカシン先生が来て、全く関係ない世間話を始めた。なに?
病棟下っ端のオダちゃんが準備に走りまくっている。 いつも世間話な
ぞした事もない モカシン先生は v-shan が持込んでTVの上に置いて
いた、ヤナセのマーク入りの時計の話をしている。 なに? 
しゃべり続けるモカシン先生。 えっえっえっ!

注意をそらそうとしている! ウッヒョ~、きっと超痛いんだ!
思わず、「先生!そんなに痛いんですかぁ~!?」とモカシン先生を
問い詰めてしまった v-shan。

さて、オダちゃんが側に来て作業を始めた。 v-shan いつもの事なのだ
が、必ず施されている処置は自分の目で見て確認するタチなので、鏡
をかざしてオダちゃんのやる事を見ていた。 

その時、オダちゃんが手にした大きいピンセットと先が左に丸く曲が
っているはさみが! 懐かしい! 子供の時小樽の家にいつもあっ
たものと全くおんなじ!!
こども心に、何で先っぽが曲がってるんだろう、と不思議だったものだ。

あれは、若い時、親父が外科で使っていたものだったのだ!! 
何十年か経ったこの時、ようやく面白い形をしたハサミと世間にある
ものより妙にでかいピンセットの謎が氷解したのだった。

で、抜鉤はと云うとこれが全く痛くなかった。
脅かすんじゃないヨっ タク~。


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坊ちゃん先生

bocyanKO大学病院の場合、どの科にも必ず「坊ちゃん先生」がいる。

身長165センチちょっと。ヘアスタイルがまさに坊ちゃん刈り。小学生のころ有名私立中学を狙って
勉学に励んでいた算数の出来る例の男の子達がそのまんま大人になったタイプ。

v-shan が最初に入院した外科の病棟にも、おかにゃんが入院した
内科にも、そして去年v-shan が再び入院した婦人科にも、「坊ちゃ
ん先生」はいた。

ま、小学生のころ人より数段勉強が出来て、有名私立中学に入学し
そのままずっと頭がよく、KOの医学部に合格したのだろうと思うが、
皆判で押したように背が小さく、坊ちゃん刈り。あまり世間ずれして
いない。

KOにはホントこのタイプ多いネ。

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総回診

20年前、初めてTO大病院に入院した時、総回診があった。
その時は入院して直ぐのことで、まだどこも切ったり貼ったり
していなかったので、はて? 総回診の時は手術前の患者
たる自分はどの様な体勢でベッドの上にいればいいのか?

起き上がって待っているのも患者らしくないし、さりとて仰臥
しているのもなぁ・・・と迷っていた。(あ、あの時は2人部屋
にv-shan 一人だったのだ。)

ベッドの中で行儀良く布団をかぶって寝たままでいたら、教授
をはじめ お医者たちがゾロゾロと入ってきた。

手術をしてくれる事になっていたS元教授がベッドの側へ来られて
初めて v-shan、 ドベッとこんな風に寝ているのはやっぱまずい!
と思って、ガバっと起き上がろうとした。

すると、S元教授が「あ、そのまま。そのまま。」「手術に備えて
体力を使わない様に・・」と自然に v-shan を制した。

教授とは患者に対し偉ぶらず、常に患者の体を優先するものと
初めて知った。だからこそ教授なんだと。
v-shan 思わず、ははぁ~っ!とS元教授に心の中でお辞儀した。

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悪性肉腫って?

v-shan KO病院の婦人科入院は子宮筋腫のため。
ノーテンキだから、子宮筋腫・卵巣嚢腫と信じて疑わなかった。
昔、TO大病院に入院した時がそれで、術後に 担当教授から
「またなりますよ」と言われていたからだ。

今回のv-shan の専らの関心事は どれ程癒着が凄いのか・・であった。

さて、手術前に主治医の F 地先生、病棟主治医のモカシン先生、
病棟下っ端のオダちゃんの3人の前で説明を受けた。 「悪性肉腫
である可能性もある」 「その場合の治療方法は 放射線治療、科学
療法・・」「悪性肉腫は血液を介して体のあちこちに飛ぶ」と云う様な
内容だった。 

レレ? それってガンとよく似ているなぁ? ガンとどう違うんだろう?と
思いつつ、ガンと呼ばず悪性肉腫と言っているからには別物だろうと
勝手に思い込んで、その時はノドまで出掛かった質問は飲み込んで
しまった。
(いつもそう。これって v-shan の悪い癖!と云うより、トロイんだよね)

手術も終わり、病理検査の結果待ち。結果がわかる前から、モカシン
先生に 「多分大丈夫だと思いますよ。子宮筋腫だと思いますよ。」 と
云われていたが病理の結果も只の筋腫だった。

周りがみんなガンだったから、ちょっと肩身が狭いような大喜び出来な
い様な感じはあった。 で、下っ端のオダちゃんがいつもの様に定時の
見回りに来た際、聞いてみた。 
病理検査の結果が出る前から、モカシン先生が悪性肉腫じゃないと判
断していた根拠、及び悪性肉腫をガンと呼ばずガンと区別する決定的
理由は如何に?

悪性肉腫はガンだった。ただ、厳密に医学的にそれが出来る組織?
の違いでガンと呼んだり、悪性肉腫と言ったりするだけの差だとの事。
ゲッ!! 知らぬが仏。 そして、ガンだと見た目にもやはり単なる筋腫と
は明らかに違うんだそうだ。 
ゲゲゲの鬼太郎!! v-shan ほんと ノーテンキ!
でも、それでいいんだよ。 心配しすぎても始まらないモン。

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神の手、猿の手

mpj018263100001KO病院で最初に入院した外科病棟の患者は千差
万別。同室に同じ病気の患者はまずいなかった。

それに比して内科は部位こそ違うが、3人に1人は
ガン患者。おかにゃんが最初に入った4人部屋中
3人がガンだった。

婦人科もほとんどガン患者。 術後の抗がん剤治療の為に何クール
(回)目かの入院治療に来ている人が多い。その為最初の入院時期
が一緒だと、術後の入院治療の時期も一緒になることが多いらしく、
婦人科ではあちこちで顔見知りが輪を作っていた。

そういう人達から色んな話を聞く。中でも、オクダさんの情報は面白く、
笑ったり 為になったりした。 その中の一つが「神の手」である。

婦人科の助教授のA先生がまさに「神の手」と言われる人で、昔なら
助からなかったある種のガン患者がこの先生の手にかかり今ではみ
んな助かるようになった・・とかいうのである。
フェ~っ と感心して話を聞き 総回診の折にはA先生をまじまじと見て
しまった v-shan。 

オクダさんはこの先生に手術をしてもらったとかで、これ以上こそげ取
れないほど病巣を取り除いてもらったそうだ・・・。
KO病院にはこの「神の手」がたくさんいる様だ。 で、反対に世間には
「猿の手」というものもあるらしい。 残念ながら、猿の手が奈辺にいる
かについては、聞き漏らした。

因みに v-shan の主治医で手術をしてくれたF地先生は、「神の手」に
続くナンバー3だとこれまたオクダさんが教えてくれた。  フェ~ッ!! 
今売り の若手ナンバーワン。
教授・「神の手」助教授に続く、新進気鋭のナンバー3。 

すごい人に手術してもらったんだ。 F地先生、感謝しています!!
手術当日の朝、手術室の台のところで明るく声をかけてもらったし。

凄い人達が、さらっと何気にいるのが、KO大学病院。 「神の手」がいっぱい!


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傾向、系列・・・?

j0315447v-shan がKO大学病院に最初入院したのは、外科。
その後、オカニャンが同じくKOの内科に入院。
更にv-shan 今度は婦人科に入院。

2000年から2004年にかけて、この病院の3つの
科を見てきて、KO大学病院は恐らく外科系に先ずも
って優秀な人材が集まるのでは? という印象を持っ
た。婦人科も実質は外科系である。

外科病棟に入院していた時、KOはチーム医療だから、
数人の病棟医が巡回して来る。v-shan すべてのドクターにあだ名を
付けていたが、マッチ先生もニカちゃんも 「体育会」 もすべていかにも
切れ者!と云う感じだった。質問して返って来る応えで知れた。

にこりともしない外科のドクターの中にあって、いつもニカ~っと笑う
ニカちゃんなんかきっと医師国家試験満点で通過したね!!とわか
る程の優秀さ。
ニカちゃんが自分の受け持ちの患者で、母子間生体肝移植のタケダ
さんに、苦痛の原因についての説明をしているその内容が誠に理路
整然としていて、素人でも納得。
フェ~! そう云う訳なのね! と解りやすかった。

KOの場合、トップのキタジマ先生は外科。 やはりKOの場合は外科
系が優勢なのかも。

そんな中、婦人科の先生達は、「僕達は外科と違ってマイルドですか
ら・・」と云っていたとオクダさんから聞いた。 なるほど、それはそうだ
ったネ。 みんな確かに優しかった。

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モカシン先生

850929002_01_mさて、ゆうだいモカシン先生の名が出たのでちょっと解説。

KO大学病院の病棟での v-shan の主治医。
T中 ゆうだい 先生。

ある時総回診の折、ベッドの周り全てがカーテンで仕切られて、
行きかうお医者とナースの足元しか見えない中、黒のドタ靴や
スニーカーに混じって、一人ベージュのモカシンを履いている足
が見えた。 多分・・と思っていると、ヤッパリ ゆうだい先生だった。
おっしゃれぇ~!

で、v-shan すぐに「モカシン先生」とあだ名を付けた。

ゆうだいモカシン先生は、180cmはあろうかと思われる スラリとした
ドクター。多分30代半ば。

しゃべらないと はた目ニコリともしないとっつきの悪い人と見られがち
だが、そうじゃないんだよね。 目をシバシバ・チカチカさせているから、
神経質そうに見えるが、あれは万年寝不足なところへ、起きたらすぐ
コンタクトレンズを入れているからなのだ。

何時だったか、一度 朝、8時前?メガネで現れた時はとっても柔和な
表情をしていたもん。 それに、話をするときは いつも 笑いながら話し
てくれるし。 
病棟の廊下を後輩の女医さんと歩いていた時の、あの朗らかな笑顔を
みてしまったら本来はああいう穏やかな表情をする人物なんだとわかる。

何といっても、背が高いというのは魅力だね。

何時だったか、v-shan を見に来る朝早の定刻、やって来た先生、
いつもの白衣では無く、素肌の上に薄手の木綿の上下のつなぎ?
(ウエストのところで紐結び)の様に見える、手術着ともまた違う
当直の時の寝巻き代わりの様な物かな? と思われる上下を着て、
その上にこれまたいつも見る白衣とは明らかに薄さの違う軽やかな
白衣をはおって現れた。 オヤ?

胸のボタンをしていなかったので、襟ぐりの大きい当直衣から胸が
はだけて見えていてなんともセクシーだった! 女だけじゃなく、
男だってちょっと しどけない格好をして女の前に現れると、セクシー
に見えるンだから、先生、気をつけなくちゃいけないよ!

v-shan ちょっと どぎまぎしてしまいましたヨ。


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痛みについて

j0387484原因のわからない痛みは、いっそう痛く感じられ、時が
経つと痛みは忘れられる。

2004年の5月。年に一度の定期検査で朝も早よから、KO病院に行っていた。
半日がかりで、寝不足と疲れでノタクタしながら1階のロビーのベンチから立ち上がったら、
丁度 ゆうだいモカシン先生が通りかかり、向こうもこちらに気づきほとんど同時に挨拶した。

相変わらずスラリと背が高く、久し振りに仰ぎ見るほどの背の高い人で
かっこいい。

ゴールデンウィーク中、術後2ヶ月にもなるのに、お腹の表面が急に
ちくちく痛かった旨話したら、実はお腹の表面のみならずお腹の中も
溶ける糸で縫ってあり、その糸は溶けるまで2~3ヶ月かかる為、
そのせいでお腹が痛くなることがある、との事だった。人によっては、
その糸がお腹から出てきてビックリして外来に駆け込んでくる人もい
るとか。 でも、心配は無く ほっておいてもいいのだと教えてくれた。

お腹の表面に糸なんかでてきたら、まさに「ハエ男」の背中のトゲ
みたいだ!

この日は偶然ロビーで会っただけなのに、親切に説明してくれてあり
がたかった。人間(痛みの)理由がわかれば納得するよ。 
訳解らず痛いと余計痛く感じる。

別れしな、「前にも(開腹手術の)経験あるからわかると思いますけど、
半年位はまだ痛くなることありますよ。」と言われた。

でもねモカシン先生、痛みって時が経つと「痛かった!」という観念で
しか人の記憶には残らないのよ。 あんなに痛かったのに具体的な
痛さの記憶は時が経つと消えてしまう。

生きとし生けるものの合目的的性だと思う。 具体的な痛さの記憶を
持ち続けることは生きる目的には合わないんでしょう、きっと。 
人間ってうまくできています。

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