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術後の痛さ

術後何が痛いって、ずっと仰臥している為に先ず腰が痛くなる。
傷口の痛さよりも先ず腰痛。麻酔が効いてるから体位をかえる
のもままならない。
畢竟仰向けのまま、十数時間~一両日はそのままでいる。
腰が痛くならない訳が無い。
しかし、ここで介護のときの様なきめの細かい体位交換サービス
はなされない。 体をなるべく動かしてくださいよ!で、チョン。
動かせるわけねえだろうが、麻酔きいてるのに。ぷんぷん。

次に痛いのが、v-shan の場合は絆創膏の跡の部分。
色んな管を体に沿わせる為サージカルテープが貼られている。

勿論手術前にパッチテストと言って色んな種類の絆創膏を数時間
体に貼っておいて、かぶれの具合を事前にチェックしてはある。

でも、あれってなんの役にたったんだろう?
外科での場合は大々的にパッチテストやった。
婦人科ではやってもらった記憶無い。

多分、外科の場合のパッチテストは傷口をガバッと覆っていたあの
ガムテープのようなやつのテストだったんだろう。
確かにその部分はかぶれなかったので痛くはなかった。

しかし、ガーゼをちょっと留めておいたり、管を止めていた普通の絆創
膏にはことごとくかぶれた。

傷口なんて大して痛くはないものだ。
なのに傷口じゃない部分が痛む。なんだろう?と訝しく思っていたら、
絆創膏かぶれで皮膚がむけて浸潤液が出てしまっているのだ。
そこがひりひり痛んだ。

婦人科術後なんかひどいものだった。
ガーゼを留めておいた部分4箇所ともひどい水ぶくれ。 あまりにひど
いかぶれと水ぶくれだったので遂には傷口にガーゼを乗せるだけでテ
ープは中止にした。 腹帯があったからそれでなんとかガーゼを留めた。

こういう手術そのものの痛さじゃない余分な痛さで悩まされるのが入院
生活。なんとかならないものか。

大体みんな手術なんか一生に一度で、そんなもんかで気づかずに終
わってしまうから、実態は医療従事者には届かないのだろう。

で、逆に長期入院者、複数回手術経験者がやれ、どこそこが痛い、
だの痒いだの訴えても、きっとまたわがままが始まった・・・みたいに
しか受け止めてもらえないんだろうな。

しかし! 痛いもんは痛いんだ!
 
皮膚科の先生の様にすぐにかぶれない薬付きの絆創膏に代えて
くれるなんて配慮くらいしろっちゅうんだ! ぷんぷん!

お医者は手術が成功し危険を脱すると後は看護の領域とばかりに
目を離す。しかし、ナースに痛みを訴えてもその実態は的確には
どこにも伝わらない。
だから、これまでこういう術後の余分な痛さが放置されてきてい
るのだ。

患者は決してわがまま言ってはいないんだよ。
なんか変だと感じるから訴えているのだ。 一度でも手術を経験したら
ドクターもナースも納得するだろうけど、それじゃ遅いっつうの。

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歩け、歩け

先日芸能人の『ヘイちゃん』が自分の病気体験談を披露して
いたが聞いていて、v-shan と同じ病院に入院したのではなか
ろうかと思った。医師からの説明方と術後、兎に角歩けといわ
れた点等がよく似ていた。

ま、キョウビの病院では常識なのかも知れないが、術後は
翌日には早速ベッドから起き出して、兎に角歩け、歩け! 
歩く事、体を動かす事が早期回復に繋がるからと云うものだ。

20年前、初めて手術・入院した時は退院までドベ~っとベッド
の上に仰臥していた。それが当時の術後の一般的なあり方
だった。
動きまわると縫ったところが・・・などという巷の言い伝えじみた
ものもあったし。

2000年の5月に2度目の入院・手術をした時、手術前のイッ
トキ、新棟の混合病室にいたが、先住の婦人科手術を終えた
患者達から術後は即歩かされるよ、と聞かされ、実際毎日彼女
達が歩いているのを見ていたが、自分も手術の翌日にはチョロ
ウロ廊下を歩き回っていて、見舞いに来たシュウ・メイ・チャンが
ビックリしてのけぞっていたっけ。

ただ、2000年の時の手術は開腹手術ではないので歩くのも
さして苦にはならなかったが、2004年の時はそれこそ開腹
手術だったから、ふぇ~と思っていたが、いざ手術の翌日歩い
てみたらどうと云う事もなかった。

兎に角手術後はエコノミー症候群を防ぐ為にも、寝ていても足
を極力動かしなさいと言われた。でも、流石に術後すぐは体か
ら麻酔が抜けておらず、足や足指を動かそうにも動かないって
事はありましたけどね。

そのため術後の24時間は脚に自動的にもみもみしてくれる
脚帯を巻いて居た。 でも、いまだから言うけど、2000年の時
はあの脚帯、片方は何時間かして動かなくなっていたんですよ。

2004年の時はきちんと動いていた。

結果的に2000年の時は麻酔の影響、体にはそれ程残って
おらず、むしろ2004年の時の方がいつまでも体が動かせな
かったから、あの脚帯はそれなりに目的を果したともいえるが・・。

兎に角術後は歩け歩けが現在の常識なのだ。
で、みんな点滴台を引きずりながら、首からは麻酔の小箱やら
浸潤液を溜める袋をぶら下げながら廊下を行ったり来たりして
いるのである。

ガラゴロ、がらごろ。

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