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翼状針

Photo_safetylock1火曜日、年に一度の定期検診に行った。合計5つの
検査があるうち、もっとも単純な採血。単純だが、5月
は新規に採血部配属になる若いドクター・ドクトレスが
増える。これがちょっと困ることもある。そ。慣れていな
いって人もいるのだ、たまに。だが、まあ、4月に配属。毎日朝から午後まで何百人もの採血をこなしていれば一月もすりゃあ殆ど上手になる。病棟の新米研修医が採血するのとは訳が違う。

今回採血してくれたドクトレスは、まやっぺしゃんの昔みたいな若~い
ドクトレス。 当日はその後にまた骨シンチのアイソトープ注射がある
ので『真ん中の静脈から採血してください。』と注文を出した。 つまり、
アイソトープ検査室に居るドクターよりは、採血部のドクトレスの方が
注射は上手いとふんだわけだ。 場数が違うもんね。 アイソトープの
方の医者にはよく見えてる外側の血管を残しておいてやりたいジャン。

V-shan 右腕には注射できない。リンパ節ないから。

『はい!』 とまやっぺしゃんもどきのドクトレス。
しかしなのだ。 V-shan の腕はぽっちゃりしていて血管が見えない。
『あ!細~い!』  細いんじゃなくて脂肪で血管みえないのだ。

ドクトレス、『ちょっとチクっとしますよ。』(それ、言うな!っての!)と
言って針刺したはいいけど、刺した針をあちこち動かして探っている。

これ、昔の注射針だったら、悲鳴ものだが、今は注射針といえばみん
な翼状針。あちこち針の先を血管内で動かしても痛くも痒くもない。 
『痛いですか?』 『痛くないよ。』

翼状針のお陰で刺される方も刺す方も恩恵に与(あずか)っている。
これ、誰が開発したんだろう。 表彰モノなんだよ、本とに!

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ドクター達①

先日、2年前の手術跡が膿んで融ける糸の残滓が出てきて、
引っこ抜いてもらいにKO病院に行った話は下の通りである。

で、その時、手術を担当してくれたナンバー3の F 地先生は
なぜか居らず(多分この時季だから、学会?)、代わって
診てくれたS木先生、マイクから患者を呼ぶ声はF 地先生の
深い魅力的な声とは打って変わっての、びちゃびちゃ声。

で、F地先生じゃないな・・とアセって居たら、会ってみて安心。
いかにも熟練したお医者の風貌。一目で安心した。

お医者は風貌も大事。
ま、風貌・風格と云うものはその実力の現れなのだが、今
でもお医者然とした風貌というものは、患者に安心を与える
ものとしてとても大事な事なのである。

J病院のコンタクトレンズ科の香水プンプンでどこのセレブか?
って感じの若いドクトレスじゃ、うっ!となってしまって、ま、
コンタクトだからいっか~、てな感じだよね。

で、KO病院のS木先生。患者への対応も物腰も実にお医者然
としていて、且 話し方、診たて、伝え方も信頼度バッチリな人物。

同じくKOでも薬だけ貰いに行く薬外来の外科の若いドクター。
かつてV-shan が入院していた時の病棟の下っ端医だ。
今でも居るってことは、優秀なんだろうけど、入院中も気が付
いていたけど、医者が人間相手の職業であることをとんと自覚
していない。

薬外来の時、いつもの薬をV-shanの主治医が処方したとおり
出すだけなのだが、一応患者を診察室に招いて再診料取る
のだから、きちんと患者の顔を見ろってんだ。!
患者の顔色ってのは診察の基本のキだろうが~。

あのアンちゃん、一度もこちらを見なかった。こちらの話を聞い
て終わり。お医者が患者の顔をチラとも見ないでカルテばかり
見てる・・・との世間の批判を受けて改善がされて来ているの
に、あのアンちゃんはその事すら知らないのだろう。

多分、あのアンちゃんが未だにそういう状態だったら、医者と
しての力量はそれだけでしかない。あの病院では珍しいよ。

でだ。先日の外科の薬の外来の際、またあのアンちゃんに
当たって、こちらを見ないようだったら、イッチョ説教したろと
思って診察室に入ったら、もうあのアンちゃんは居なかった。
左遷されたな、やっぱり。

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融ける糸は黒色

2月11日以来、化膿している手術の傷口。そろそろ、イソジンゲルも
底をついて来たので、病院に行って診て貰った。3~4週間前からは、
また別の所も化膿して来ている。で、前からのところはつい先日より
何かしら、黒い糸状のものが見えていた。

診察してもらったら、案の定融ける糸だった。
先生は小さなピンセットで、ほんの5ミリほど出ていた糸をスルスルと
引き抜いた。どうも2本出てきたみたい。ちょっとピリっと痛かった。
最近出来て膨らんでいるだけで、まだ膿が出てきていない箇所につ
いて、ドクター。
「切開しますか?」

ぎゃ~~~。(@_@;) それだけは勘弁してオクンナセ~、お代官様!
と云うわけで、まだ膿んでいないところはそのままにして、また、引き
続きイソジンゲルを塗っておくことになった。

実は、黒い糸状のものがはっきり見え始めた時、ひっぱって抜いたろ
か・・・と思ったのだが、ふと、耳たぶから出ていた糸状のものをひっ
ぱったら、脳まで出てしまった・・・等と云う、UMAというオモシロサイト
でのバカ話が頭をよぎり、ひっぱったはいいが延々と糸が出てきて
止まらなくなったらどうしよう・・・とか思い、ひよっていた。

でも、今日先生が小さなピンセットで引っ張って抜いたのを見ていて、
なんだあのピンセットさえ、家にあれば自分で抜いたのに・・などと
思った。ま、手術の糸を引っ張って抜くとどうなるかと云う事について
は全く経験なかったので、躊躇してしまったが、何でもないんだ、と
わかっただけでもめっけものか。それと、自分で勝手にやっていた措置
もそれでよかったのだというお墨付きがもらえたし、ま、早起きして出か
けただけの事はある。でも、眠い~。

それにつけても、融ける糸が黒色だったってのは意外だった。
黒い糸が出てきた時にはやはり、蝿男のようだなと思ったものでした。
蝿パーソン。

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季節

9005_2283_94ba3ddfcd←シュー・メイ・チャンの写真を勝手に貼ってる

良い季節になった。爽やかな5月だ。風が薫る。
6年前に入院した時も5月だった。しかし、その時
気候がどうだったかは、とんと覚えていない。

父が入院していた時も母が入退院を繰り返していた時も、外の季節と
いうものには気が回らなかった。天気なんか関係ないってとこか・・。
父の入院中、毎日病院に通っていた。雨が降ろうが槍が降ろうが、
行く事には変わりはない。だから、天気なんかどうでもいいのだ。

あの夏、実際天候はかなり不順だったらしい。
父が亡くなって1年も過ぎた頃、義姉が「あの夏は本とに不順で
大変な天候だったわよね。」と行った時、「あ、ほんとぉ。天気の事
なんか一つも覚えてないわぁ・・・」とぽつんと言ったら、義姉が思わ
ず次の言葉を呑み込んだのがわかった。 
傍目には大変そうに見えたのだろうか。

なに、本人は大して大変とは思ってないのだ。

単に常日ごろから天気と言うものにあまり重きを置かない性質
(たち)なのだ。
普段でも出かけなければならないときは槍が降ってても出かける。

ただ、確かに入院してしまうと外の天気はとんと解からなくなるね。
病院って外とは隔絶された別世界だからな~。しみじみ。

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