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ロンパリ

裸眼で遠くをぼんやり見ていると、知らない内に「目が外れる」。
今朝も、起きてきてボーとしていたら、一つしかないカレンダー
の下の方の穴が2個になったり1個に戻ったりしていた。

外斜視というやつだ。所謂 「ロンパリ」 ロンドンとパリを一時
(いちどき)に見れる目ってヤツだ。
 
どうも父方の遺伝なのか、どちらかの眼の筋肉が長いようだ。
写真を見ると、どてら親爺もシュー・メー・チャンも 「目が外れ
て」居る時がある。 ただ、固定的に目が外れているのではない。
直ぐに元に戻す事もできるし、故意に目を外すことも出来る。
ま、「カメレオンアイ」とでも呼んでください。

V-shan 小学5年生までは視力バッチリの元気な子だった。
6年生になって視力が落ちた。その頃からか、TVを見ている時、
目が外れているらしく、娘の事には注意深い親爺が気づいた。

「あ!V-shan あっちゃ目になってる!」 
あっちの変な方向(あっちゃ)を向いてる目という、北海道人
特有の言い方で、家では「あっちゃ目」の呼称が定着した。

で、娘可愛いやの親爺の事、即V-shan をつれて T 大病院の
眼科に(勿論コネで)診察に行った。待っていたのは牛乳瓶の
底のような眼鏡をかけた女医さん。あごが無い人相。髪の毛を
お団子に結い上げている。

で、色んな検査をした中で、暗室で望遠鏡みたいなものを覗かされ、
「何が見えますか?」と訊かれた時の事だけ、今でも覚えている。
何が見えているのかさっぱりわからないのだ?
目を凝らせば凝らすほど何がなんだかさっぱりわからない。

義務教育の段階では優等生のV-shan。 
こういう時、子どもの優等生は 『一体何が見えたら正解なんだろう?』
と考えてしまう。 う~・・と解からず返答に詰まっていると、件の女医
さんが、あ、(覗く望遠鏡のレンズの)視力矯正していなかった!って
事に気づく。

で、V-shan の視力に合ったレンズをつけてくれて、また覗いてみる。
しかし、向こうに見えるものがなんなのかはやはり解からない。

なんのことは無い。外国製の熊の漫画だったのだが、黄土色で立って
いるもんだから、全くなんなんだかわからないのだった。
「何だか茶色の変なものがみえます。」と遂に応えた V-shan に先生は
「あ、それ、熊なのよ」

熊だぁ? 熊ならもっと濃い色で4つ足で踏ん張っていろ!ってんだ。
立ってる黄土色の熊なんか見たこと無いぞー! 
何の為にこんなに脂汗かいてまで悩んでいたのか! って子ども心に
思ったものでした。 今から考えると単にこの機械外国製だったって事
なんでしょう。

でもね、子どもにはそんな事わかりませんやね。
つまり子どもの検査の時って、よ~く考えなければならないって
事です。
何が見える?何が聞こえる?と云うような大人には簡単な回答も、
子供には、見えるけれど、聞こえるけれど、その「何」がなんなのか、
答えられないってことも往々にしてあるのだ。

何がじゃなくて、多分「どんなふうに」と子供には聞くべきなのだろう。
子供はまだ「何」を特定できるほど、経験をふんではいないんだから。

で、V-shan のロンパリ検査だが、望遠鏡の先の画像が熊とわかった
その次が問題で 「いくつに見えますか?」の質問で、1つになったり
2つになったりと定まらない。そこでまた優等生は考える。

「いくつに見えたら正解なんだろう?」と。丸々きっちりの1つではない
が1つに見えるほうが多いのに、時々2つ(やや2つ)になることもある
のでう~ん、と考えて2つが正解だろうと、「2つに見えます!」と意を
決して答えた。 

「ふ~ん。それは一つに見えるはずなんですよ~。」とかゴニョゴニョ
いいながら先生はカルテに記入している。
なんだ。そんならそうと早く言え! とがっかりする。
子供なんてそんなもんだ。検査の趣旨がわかっていない。ましてや
初めての病院での検査で検査の意味もわかっていない。

今の子はどうかしらないが、V-shan の子供時代は「こうあるべきもの」
ってことが、常にあった気がしていたから、何か聞かれたときは、いつ
もいい子ブリッコの答えを探してしまっていた。

今は無くなった、学校での色弱検査がいい例だ。
「あれは、なにが正解?」
「あれは、『わかりません!』と答えるのが正解なんだよ。」
子供たちはみんなでそう言いあっていたもんだ。
「解かりません!」 「解かりません!」

で、結局 T 大での検査の結果は単に眼鏡を作っただけで、その後
今度は高校2年生の時、またぞろ件の娘かわいやの親爺と何故か
一緒に地下鉄に載っていて、次の停車駅表示を見るよういわれ、
裸眼だったので見えないで居ると、視力バッチリの親爺がこんな
大きな文字が見えないのかっ!スワ!一大事!とばかりに、今度
は J 天堂大学の N 島教授の所に連れて行った。

N 島先生はニコニコした温厚そうな優しそうな先生で、助手の K 井
先生が検査してくれた。その結果は親爺からきちんと聞いた。

斜視じゃなくて、斜位なんだそうだ。手術の必要はなく単に視力
矯正をすれば大丈夫とのことで、早速 J 大のコンタクトレンズ科で
コンタクトレンズを作った。それ以来ずっとコンタクトレンズで矯正
している。

左右の目の視力差が矯正されているのでコンタクトしている時は
眼が外れない。裸眼になってぼんやりしていると時々外れている。
その時の風景もなかなか面白いもんだけどね。 心がここに無く、
宙をさまよっている感じで・・。

決してパリとロンドンがイチドキに見えるようなものではありません。

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きっちりしているワタシ

Image
毎日1度だけ薬を飲む。
いつもは午後1時半に飲むようにしているが、
早出の時は昼休みが午後の3時過ぎになる
ことも多く、服用するのはその頃になる。

この薬、飲む度に薬の袋に番号を振って日時を記入している。
すると見事に30日分の残量と番号が一致する。
われながら見事に一致するもんだ、と時々感心する。
たま~に記入が無く、飲み忘れたことに気づく時もあってぎゃーっと
思う。でも、これは飲み忘れても大事には至らない。

元来、それ程きちんとした性格ではないのだが、忘れてしまう事や
覚えておかなければならないけれど覚える気が無いものについては
きちんとメモを取っておく方だ。

多分、中学時代の教えのせいだと感謝している。

で、今日から90日分もらう薬の最後の30日分の1回目なのだ。

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80歳以上3人に1人

数週間前のTVの健康番組で、80歳以上の男性の3人に1人はガン。
女の人の4人(だったか、5人だったか)に1人はガンだという統計を
お医者さんが述べていて、思わず、おおそれならみんな80過ぎたら
V-shan の周りに集まれ! さすればチミはガンをマヌガレルぞよ!
とか思って、1人でケタケタ笑っていた。

だが、今日ふとあることを思い出した。

以前の職場に高齢の男の人がパソコンを習いたいと言ってやって
きた。話を聞くと、ガンでそれ程長くは習っていられない。また、直
に入院するのでそれまでの間、ちょっとパソコンをやってみたい、と
云う事だった。

そういうことならと、普段だったら、鬼の様に厳しく徹底的に覚える
までビシバシ言うのに、ちょっと控えて解からないことがあったら
応える、というスタンスでいた。 入力もあまりいいとは言えなかっ
たが、本人がそれで良いと云うので、それ以上強くは出なかった。

そうして、自分で決めた期間を終えるとそれではこれで、と言って
辞そうとされたので、「また、退院なさって調子が良い時にはいつ
でもお立ち寄り下さい。」と挨拶した。

するとその男性は、「いや、今度入院したらもう出て来れないと思
うので」と言って帰っていかれた。淡々としていた。

今日になって何故かその人の事をふと思い出した。
あの時あの男性の胸中はどうだったのだろうか。
しかし、思い出してみてもあの人に焦燥感や悲壮感は漂っていな
かった。ただ、淡々としていて諦めとも少し違う、ただ運命を受け入
れているだけだという静かな感じだけだった。

本人の気持ちがどうだったのかは到底うかがい知れるものではな
いが、父が生前言っていたのだったか、それとも他の人が言ってい
たのだったか、人間歳をとってからガンになっても、ガンで死ぬんだ
か寿命で死ぬんだがもうどちらがどっちともいえないもんだよ、という
言葉を思い出す。

老化とガンとはもう同義語だよ、といわれて納得した経験もある。
母が入院していた時、周りの高齢の患者は確かに3人に1人以上
ガンだった。

人間、80過ぎればどこかしらいたんできて病院のお世話になると
思うが、それでもやっぱりガンよりは他の病気の方がマシ、と考える
ものなのかな?

今日父母(ちちはは)と同じ年代の夫婦連れがパソコンを習いたい
と言って説明を聞きにきた。かなり高齢に見えたが、あとで書類を
整理していて、ふと生年月日を見た時、父母と同年代だと気づいた。
ということは客観的に言って明日何が起っても不思議ではない人達
だということだ。

80になったら、もうガンであろうと他の病気であろうと変わらない様
にも思えるのだが、端から見たらそうであってもやはり本人にしてみ
ればガンだけは避けて通りたいものなのだろうか。これは80になっ
てみないと解からないことなんだろうな、きっと。


あ。(@_@;)
せっかく記事、久し振りに書いたのに深夜から「午後」3時までメンテ
ナンスだ!ぶぁかやろう~~のニフメ~~!

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