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長寿物質・・・イソフラボン

仕事から帰って来て、掲示板にレスつけながら、TVをかけっ
ぱなしにしていたら、長寿の秘密..とか何とかで、大豆の
イソフラボンの効能についてお医者さんが話をしていた。

こ~りゃ、明日からスーパーの大豆食品売り場から大豆が
消えるぞ~。以前にもみのもんたのTV番組で、やれスキム
ミルクがいいだの、ココアがいいだのと番組で言いふらした
らしく、知らないでいつもの様にスキムミルク買いに行ったら、
まるで無し! そんな状態が数ヶ月続いた。ココアの時もそう。
黒砂糖のときもそう。ったくな~。

スキムミルクもココアも黒砂糖も実はV-shan の日常食。
黒砂糖はいまでは融け方の違いで三温糖に変えたけど、あとの
二つはいつも取ってる。加えて、大豆も実は毎日食べてる。
但し、毎日20粒ほどの茹でたもので、数的には少なかったらしい。

大豆はbreast cancer の罹患で人工的に閉経状態にしていた
ところにもってきて、2度目の子宮筋腫の手術で年齢的なことも
考えて(子宮体がん年齢)、卵巣もろとも取ってしまったので、
コレステロールを下げる、骨量の減少を防ぐ、などの女性ホルモン
が激減してしまうので、その代替物として手術後、意識して取る
様にしていたのだ。

それというのも、人工的に閉経状態にする為にホルモン剤を
飲んだ時の(あとで解かったのだが)副作用として閉経状態で
の3秒に一度襲ってくるフラッシュ、明け方5時ごろの寒さによる
ガタガタいう震え..を体験して、こんな状態が女性ホルモンなき
あと、ずっと続いたんじゃやってらんないな~と思ったからだ。

もともと、お豆腐は2日に1度は食べていたのだが、水分が多くて
沢山は食べられないので、粒で食べる大豆を取る様にしていた。
さっきやっていたTV番組では、大豆の成分たるイソフラボンは
コレステロールを下げるから血液さらさら、心筋梗塞予防・血圧
下げる、骨量を保つ・・・などで男にも女にも長生き物質として
有用との結論だった。

加えて、番組の最後に女性ホルモン(類似の)食品として長生き
に有用な食物として、「前回お話したように、ぶどうからも取ること
ができます」旨のコメントがあり、思わず偶然の幸運ににんまりした。

うん。最近大豆のみならず、葡萄も多く食するようになったのだ。

V-shan の場合は大豆のイソフラボンの女性ホルモン類似の働き
を前から知っていたので摂取していたのだが、明日から、アホな
パンピーがこぞって店先の大豆食品を買い締め出したら困るなー。

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国立がんセンターへの出口

Nccmap21

先日がんセンターへ胃カメラ検査の
予約をするための外来に行った。
これまで国立がんセンターへは営団
地下鉄の日比谷線の東銀座駅から、
とことこ歩いて行っていた。

しかし、あの駅はがんセンター最寄の
地上口に出るには、相当な階段を昇らねばならず、未だに
右ひざ痛くてどうしようかと思案している身には敬遠される
ので、今回は都営大江戸線で行ってみた。

築地市場駅から徒歩3分とあって東銀座の駅から新橋
演舞場や宮本亜門の実家茶店(さてん)の裏道を10分
ほどかけて行くよりはずっと早い。

築地市場駅の改札を出た。すぐ目の前に道案内板がある。
左矢印の方向に、国立がんセンターとある。A3出口。
右はA1出口。こちらには国立がんセンターへの案内はない。
で、改札口出て左のA3出口に回った。しかし、なのだ。
A3出口からエスカレーターで地上に出てみると見慣れた
はずの例の建物がどれなのかようわからん! さっきの
地図を頼りに左に行って構内を右に横切ればいいはず
なのだが・・・

延々、付近のブロックを10分以上も歩いてしまった。
途中工事現場の人に道を聞いて引き返して驚いた。
なんのことはない、駅の案内図に書いていなかった、
A1出口から目の前の横断歩道を渡れば病院の正面
玄関だったのだ!(goole地図参照)

途中、V-shan と同じく案内表示にノセラレA3出口から
同じくグルグル回ってがんセンターを探していた若い2人
連れとも一緒になり、ようやく病院に着いた。

帰りにもう一度、大江戸線築地市場駅の改札出た所の
案内板を見た。右手方向のA1出口には国立がん
センターの表示はない。 ば~たれ!! 

きっと横断歩道を渡る為、渡らなくて済む遠いA3出口の
方を優先してがんセンターへの出口にしたのだろう。 
アホンタレ!
もう、メチャクチャ歩きつかれてしまったじゃないか!
この案内板作ったの誰だ! 責任者出せ! プンプン(`´)

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哀悼

V-shanが一番最初に手術した時の先生、TO大のS元先生が
亡くなった。
夜帰宅して夕飯後に新聞を見て初めて知った。

S元先生は紀子さんの第1子誕生の時に何度もマスコミに取材
され、その顔が知れ渡ったが、顔や頭の大きさ・形といい、
富士額、眉毛の形、体格などが、父と同じタイプで偉い先生で
ありながら、どことなく親近感があったが、年齢まで亡くなった
父と同じだった。

皇室の主治医を40年の長きに渡ってやっておられたとの事で
紀子さんの時よりももっと前から皇族を診ておられたようだ。

ガッシリした体格で押し出しの強そうな先生だったが、紀子さん
の第1子の似顔絵を描いていて、それを見た時、その繊細な
タッチに頭脳明晰なだけでなく、こんなにも上手な絵まで描け
る先生なんだと驚いた記憶がある。

しかもS元先生は、TO大の教授で一番偉く、沢山の後輩ドク
ターがゾロゾロ診察のたびについて回っており、V-shan の入院
中も手術前に普通ならもう一度最後の診察ってのが、ぞろぞろ
の立ちあう中であるところなのだが、S元先生は、V-shan が待っ
ていると、「あ、もう(前に)診ていますので、大丈夫ですよ」と言
って、不要な手術前診察をいとも簡単に中止してくれた。

確かに、S元先生には入院前の最後の外来で、筋腫の場所を、
お腹があとで気持ち悪くなるほど、エコーで確認してもらっており、
沢山患者を抱えておられながらも、先生はきちんと患者と病状を
把握しておられたということなのだ。

それに、手術前の総回診の時もベッドに起きているべきなのか、
仰臥しているべきなのか迷いに迷って、ガバっと起き上がった
V-shan に「あ、そのまま、そのまま。寝ていてください。手術に
備えて体力を温存しておいて下さい。」と、声を掛けてもくれた先生だ。

常に患者の事を考え不必要な形式的なことをしない先生だ、
と感じた。S元先生こそが、V-shan の初めて見た大学医学部の
教授というもので、あの先生の態度のお陰で一流の大学の教授
たるもの、智のみではなく仁も徳も過不足なく備わったればこそ
大学医学部の教授なんだなぁ、とつくづく思ったものだ。

先生の後を当時ゾロゾロ歩いていたドクター達も後輩としてその
跡を引き継いで歩んでおり、バトンタッチは上手く出来ていたようだ。
S元先生に合掌。

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